童謡『通りゃんせ』の意味を調べて見るとなかなかに不気味で怖い謎な歌

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子供の頃、遊び歌で唄っていた『通りゃんせ』。

よくよく歌詞を見てみると、よくわからないというか不思議な歌ですね。

ちょっと不気味というか。

気になったので調べてみました。

わらべ歌『通りゃんせ』

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なぜいきなり『通りゃんせ』?って感じですが、「名古屋三大天神詣り」のチラシに

♪通りゃんせ、通りゃんせ

ここはどこの細道じゃ

天神さまの細道じゃ♪

って載ってたのをみて、懐かしいなと思いながらも、あらためてよくよく考えたら不思議な歌詞だなぁと思ったんですよ。

「名古屋三大天神参り」で山田天満宮・上野天満宮・桜天神社と名古屋に祀られた3社の天神様を巡って合格祈願を願う

『通りゃんせ』は江戸時代起源の遊び歌

ウィキペディアによると、『通りゃんせ』が成立したのは江戸時代らしい。

門番役?が2人向かい合って両手を繋いでアーチを作り、その門の下を他の人が、歌を歌いながら通っていく。

歌が終わった時に門番の2人が手を下ろし、その時下にいた人が捕まるという遊び歌ですね。

昔、やったなぁ……

意外にスリリングなんですよねぇ

ローカルルールもありそうだな。

似たような「関所遊び」の歌がイギリスにもあるんですよね。

有名なマザーグースの1つで「ロンドン橋落ちた」がそうですね。

大正時代に、全国各地で歌われていたのを、本居長世もしくは野口雨情が作曲したのが有名になったそうです。今歌われてるメロディがそれですね。

著:小林 与志, イラスト:小林 与志
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『通りゃんせ』の歌詞と意味

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『通りゃんせ』の歌詞全文は

通りゃんせ 通りゃんせ

ここはどこの 細道じゃ

天神さまの 細道じゃ

ちっと通して 下しゃんせ

御用のないもの通しゃせぬ

この子の七つのお祝いに

お札を納めに参ります

行きはよいよい 帰りはこわい

こわいながらも

通りゃんせ 通りゃんせ

ですね。

最初に「通りゃんせ」って、通りなさいって言いながらも、途中で通さないって言うとかなんやねんって感じです。

ざっくりわかりやすく意訳してみると、

「はいはい、通りなさいな、通りなさい」

「すいません、ここはどこの神社に行く道ですか?」

「天神さまですよ」

「そうなんですね、ちょっと通してもらえませんか?」

「用の無い方は通せませんよ」

「この子が7つになったお祝いに、お守りのお札を返しに参るのです。」

「それなら通ってもいいけど、行くのは良いが、帰ってくるのは難しいですよ……」

「難しいけど、まぁそれでもいいなら」

「通りなさいな。」

ふむ、こうして見ると、登場人物が

  • (関所の?)門番
  • 神社へ行く人
  • その子供

の少なくとも3人がいるんですね。

7つのお祝いっていうことから、七五三のことかな。

七五三のお祝いは、

  • 3歳:男の子、女の子
  • 5歳:男の子
  • 7歳:女の子

なので、ここに出てくる子供は女の子ですね。

7歳になるまで見守ってくれた神様へのお礼参りとお札の返納に行く親子ということになりますね。

『通りゃんせ』、なぜ「帰りはこわい」

七五三のお礼参なのに、なぜ「帰りがこわい」のか?

調べて見ると色々理由があるのですが、まずは、

  • 7歳までは神様の子とされていた

昔は、今と違って子供が無事に成長すること自体が大変だった。

そのためある程度体が育つ7歳までは「神様の子」とされていて、もしも7つになる前に亡くなっても、もともと神様の子なのだから、神様の元に戻ったのだ、と思っていたんですね。

でも7つまで成長すると、神様の子ではなく、人間の子になる。

つまり神様に守ってもらえなくなるので、この後は自力で頑張って生きていかなければいけないので「帰りはこわい」という説。

他にも、

  • 生贄、人身御供
  • 口減らし
  • 奉公へ出す
  • 人買いや置屋に売る

などなどいろんな説がありました。

「通りゃんせ」の「やんせ/しゃんせ」という言葉がいわゆる遊女の使う「ありんす言葉」なので、母親は実は遊女なんじゃないかとか、色々ですねぇ。

そういえば鬼に捕まるという話もありました。

天神さまの菅原道真公は『陰陽師』では鬼として描かれてますしねぇ。

とくにいつの時間帯というのは歌詞には出てこないけど、なぜか『通りゃんせ』は夕方のイメージですね。

夕方暗くなるころに神社へいくと、帰りは夜道になってしまう。

真っ暗闇の中を返るのは危ないから「行きはよいよい帰りはこわい」なのか。

電気の明かりがない夜は本当に暗闇ですからね。

そりゃぁ妖怪や鬼が出てもおかしくはない。

なんでそんな時間にわざわざ神社へいくんだって話ですよね。

7つのお祝いならもっと早くに行って明るい時間に帰ってくればいいわけで。

そこまでして行かなければならない、となると色々裏を勘ぐりたくなるもんですよねぇ。

夜で歩くと鬼に食べられちゃいますからねぇ。(笑)

『通りゃんせ』の舞台は川越市の三芳野神社?

神奈川県小田原市南町の山角天神社や、同じく神奈川県小田原市国府津の菅原神社、そして埼玉県川越市の三芳野神社が『通りゃんせ』の舞台という説もあるらしい。

これらの神社には『通りゃんせ』発祥の碑があるそうです。

  • 山角天神社(神奈川県小田原市)
  • 菅原神社(神奈川県小田原市)
  • 三芳野神社(埼玉県川越市)

この3社は共に菅原道真公、つまり天神さまをお祀りしています。

『通りゃんせ』に出てくる「天神さま」は、天神様(菅原道真)だろうしねぇ。

だから行き先が神社であることは間違いないよね。

川越市の三芳野神社は、平安時代に創建され庶民に親しまれていたそうですが、江戸時代川越城内に取り込まれ川越城の鎮守となったらしい。

川越城の城内に移されたため「お城の天神さま」とも呼ばれていたそうだけど、お城の中に移されてしまうと庶民は参拝できない!

そこで川越の町民たちは、「お城の天神さま」に参拝できるよう嘆願。

そこで城主は年に一度の大祭の時、もしくは時間制限を設けて門番の監視の元、参拝を許したという。

そこで人々は城内の「細道」を通って参拝できるようになったという。

しかしそうなると他国の密偵、つまりスパイが城内に紛れ込む可能性もあるため、帰っていく参拝客に対して門番の取り調べがかなり厳しかったという。

これが「行きはよいよい帰りはこわい」ということらしい。

ただこの話自体には根拠がないらしいので、あくまでそんな言い伝え?があるよという感じ。

ちなみに、日本の童謡研究会『誰も知らなかった本当はこわい日本の童謡』によると、貧しい農家の親が、三芳神社で我が子の命を奪い、森に埋め、1人で急いで帰ってきた歌とも考えられるそう。

なぜわざわざ神社でなのかというと、子供の魂が迷わず天神さまのもとに行けるからだそうです。こえーよ。

「こわい」は「疲れた」という意味の方言説

「こわい」は「怖い」じゃなくて、ただ単に「疲れた」という意味の方言という説もあります。

行きは元気だけど、帰りは疲れるよという、ごく当たり前な内容ですね。

それじゃぁつまらんな。

なんかこう、裏の意味があったほうが面白いというか。ねぇ。

童謡や昔話はよく考えると不思議

つい気になって色々と『通りゃんせ』について調べてみましたが、他にも『かごめかごめ』とか『花いちもんめ』や『赤い靴』など童謡って結構不気味というか怖いのが多いですね。

歌の雰囲気からして独特ですもんね。

だからこそ気になるといえば気になるのかな。

日本昔話とか、なんなら海外のお伽話なんかも、裏を覗いて見ると結構、ドロドロというか不気味で怖いのが多いですからねぇ。

だからこそ面白いんですけど。

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