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加賀百万石を築いた前田家の居城・金沢城。
三十間長屋の前にあるなんとも勇壮な雰囲気の石垣は、本丸の正門だった「鉄門」です。
かつて本丸にあったとされる、前田利家が築いた天守は火災で焼け落ちてしまい、現在は緑が広がる雑木林になってます。
金沢城公園の北西にある三十間長屋の向いには、本丸の正門・鉄門があります。
現在は石垣のみが残っています。
かつてはこの石垣の上に渡し櫓が乗っていたそうなのでかなり重厚な門だったんでしょうね。
本丸への入り口ですもんね。
位置的にはこの辺りです。
この奥の本丸園地と呼ばれるあたりが、かつて前田利家が築いたという天守があった場所。
残念ながら落雷によって天守が焼失した後は再建されることはなく、度重なる火災で城の中心は二の丸へと移っていきました。
鉄門の創建は、はっきりとはわかっていないそうですが、寛永8年(1631)の大火の後、二の丸から本丸に入る正門となったそうです。
鉄門は「くろがねもん」と読みます。
鉄板を貼った扉がつけられていたことから「鉄門(くろがねもん)」という名前が付いたそうです。
渡し櫓もあって、鉄の扉もあったということは、かなり堅牢なもんだったんでしょうね。
鉄門の石垣は切石積み。
金沢城では、切石積みは城の需要な部分によく用いられています。
(切石積みは石をきれいに加工して隙間なく積んでいく技法のことです。)
本丸の正門である鉄門も、きれいに整えられた切石積みですね。
こちらは向かって右側の石垣。
見事にぴっちりと積み上げられてますね。
こちらは向かって左側の石垣。
石が四角形じゃなくて、多角形になってるんですね。
接地面が多いほど積み上げるのが大変なはずなんですけどね。そこはこだわりでしょうか。
実に丁寧なお仕事ですね。
寛永の大火の後もまた宝暦9年(1759)の大火で金沢城全焼しちゃってるんですが、明和・安永年間に復興に向けて石垣の改修もさかんに行われたそうです。
現状は明和3年(1766)改修時のお姿だそうです。
石垣にちらほらとある白い跡は、たぶん火災で焼けて溶けた鉛瓦の跡ではないかと。
そう思って見ると結構あるんですよね、白い斑点が……
金沢城と火災、なかなか切っても切れない関係ですねぇ。
所在地 | 〒920-0937 石川県金沢市丸の内1 |
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開園時間 | [3月1日~10月15日]7:00~18:00 (退園時間) [10月16日~2月末日]8:00~17:00 (退園時間) |
休園日 | 無休 |
入園料 | 無料 |
ライトアップ | 毎週金曜日・土曜日、祝日の前日など(その他、観桜期や紅葉期など) 日没から午後9時まで 無料 |
駐車場 | なし |
アクセス | バス「兼六園下」下車徒歩約3分 |
問合せ | 076-234-3800 |
URL | http://www.pref.ishikawa.jp/siro-niwa/kanazawajou/ |
菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓・橋爪門
開館時間 | 9:30~16:30(最終入館16:00) |
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入館料 | 大人(18歳以上)320円、小人(6歳~18歳未満)100円 |
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